ミニマリズムと読書ときどき映画と音楽。

ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

貴志祐介 「悪の教典」

悪の教典 上

悪の教典 上

昨日の23時頃から朝の4時半までかけて、上巻と下巻半分を読んだ。疲れ果てて昼の12時まで寝て、起きてから再開して、さっき読み終わった。

疲れた。

貴志祐介の作品は、あらすじを言うのがもったいない。今回は特に書きたくないので、ひとことにまとめる。「サイコパスが教師として学校に紛れ込んだらどうなるか」

サイコパスとは、反社会的性格異常者のことである。端的に言えば、良心が完全に欠如しているために、平気で人を欺き陥れる。そして、そうやって人を操作するための技能には長けており、一見すると魅力的な人間である場合もある。衝動的、無責任、共感の欠如、病的な虚言、放逸な性行動など、他にも色んな特徴があるらしいが、専門家でもない私には複雑すぎるので、説明は割愛する。

貴志祐介作品には、必ず社会的問題に対する警鐘が含まれている。サイコパスは「黒い家」のテーマにもなっていたから、かなり作者が意識しているのではないだろうか。確かに、性善説の上にあぐらをかいているような日本では、性悪説を絵に描いたようなこの悪魔に対する危機意識が足りていない。明らかに異常な人間が殺戮ゲームをする恐怖とは全く違う。今まで普通だと、それ以上だと思っていた人間が突然牙をむくかもしれない。それも、自らの欲望のため、何の良心の呵責も無く。

サイコパスサイコパスといっても、貴志作品がその一辺倒で終わるわけがない。学校という舞台に起こりうる問題(いじめ、校内暴力、教師による生徒への性的関係の強要など)を組み込んでいて、それを次々にサイコパスが利用していく形になる。自分の王国を作り上げるために。

発想は衝撃的だったし、じわじわと黒く塗り潰されていくような雰囲気を作り出すのはさすがだなぁと思った。途中から、こっちまで気がおかしくなりそうだった。明るいうちに読んだ方が良かった。ただ、貴志作品を読んだあとの「すごい!」っていうのが今回は弱かった。全体的にちりばめられた要素が、ちらほら散らばったままになっているからか。まぁ、今回はミステリーというよりホラーだし、相手がサイコパスだから、理路整然とまとまることを求めても仕方ないかもしれないが、サイコパスを作り上げるための伏線を回収しきれていない印象を受けた。

蓮の花言葉は、雄弁。