ミニマリズムと読書ときどき映画と音楽。

ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

何者(朝井リョウ:2012)

 

何者

何者

 

 久々にぐっとくる本に出会った。

就活生の拓人は、同じクラスの同居人・光太郎、光太郎の元カノ瑞月、瑞月の友人・理香と共にESや面接の対策を始める。どこか斜に構えた拓人、お調子者だが器用な光太郎、冷静で現実的な瑞月、上昇志向の高い理香。互いに牽制したりお世辞を言ったり、なかなか本音を語れないまま集まる4人であったが、次第に「自分」と対峙するようになる。

「就活」をテーマにした小説って、今まであったんだろうか。基本的にミステリーしか読まないので情報が無いけど、若者独特の自意識過剰っぷりをここまでリアルに書いてるとは予測してなかった。瑞月や理香が畳み掛けるように本音を吐き出す場面は、かなり胸にぐいぐい来た。大学生のときにコレ読んだらどうなったんだろう。朝井リョウさん、人を観察する能力が変態レベルに達していると思う。

と言っても、私はいわゆる就活をしてないので、「協力しよう!がんばろう!」と言いながら互いの胸の内を探り合ってマウンティングしまくるような感覚がよく分からない(就活生がみんなそうしてるとは思わないけど)。
ちなみに就活をしなかったのは、既に自意識過剰をこじらせて自滅する寸前で、将来のことを考えている余裕なんて無かったという、とっても情けない理由だ。だから、就活する人間をバカにする隆良にも共感できない。ということで、誰かに深く感情移入したというわけではない。

ただ、大人になるってどういうことだろうという疑問にはかなり頭を悩ませていたので、そのへんは懐かしく感じた。「誰も自分を見てくれなくなる。見てもらうには人の視線の先に行くしかない」という瑞月の言葉は、まさしくその通りだと思う。「私を見て」と座っていれば誰かが構ってくれるというのは、子どもだけの特権だ。

この情報過多の社会には、学生時代にベンチャー立ち上げたとか帰国子女でモデルやってるとか、「人々の視線の先にいる人たち」のストーリーが飽き飽きするほど溢れている。何者かになった人たちの眩しい姿がいつでも目に入る。若者はその自意識を過剰に刺激され、「自分も何者かにならなければ」と思い込む。大人だってそういう人は多い。
ただ、何者かになることを目指す方が偉いとか諦めた人がダサいとか、そういう話ではないんだと大人になると気付く。「じゃぁ自分は何をしようか」ってことがハッキリしてるかどうかだけに絞られる。結局はもう自分で行動を起こすしかないんだってことを、大学4年になってから今日までの数年で、何度も思い知らされた。

自意識に苦しんでいる若者にはもちろん、若かりし日を思い出したい大人にもお勧めの一冊。