ミニマリズムと読書ときどき映画と音楽。

ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

まぐだら屋のマリア(原田マハ、2014)

まぐだら屋のマリア (幻冬舎文庫)

明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願い致します\(^o^)/
2016年、記念すべき1冊目は、去年出会った人がクリスマスにくれた「再生と赦しの物語」。

都内の有名老舗料亭で働いていた青年・紫紋は、ある事件をきっかけに絶望して街を彷徨った挙句、自殺を決意してバスに乗った。降り立ったバス停の名は「尽果(つきはて)」。目に入ったボロ屋で死のうと近付くと、そのボロ屋からは出汁の香りが漂ってくる。思わず扉を開くと、そこはきれいに整えられた食堂。ひとりの女性が熱心に料理をしていて…

まぁ…とりあえず暗い(笑)。暗いからねと忠告されてはいたけど、かなり終盤になるまでずっと暗い。土地や人物のネーミングがちょっと…と思ったけど、きちんとキリスト教を知ってる人はもっと深く理解できるのかも。やっぱり新約聖書は必読なのかしらん…

ミステリーばっかり読んでるせいか、詰めが甘いとか飛躍しすぎとか細かい箇所が気になってしまう。ミステリーばっかり読んでるせいか、ちょっとやそっとの生き様じゃ「在り来たりだなぁ」と思ってしまう。でも、ミステリー好きの小言を吹き飛ばすくらいの感情の嵐が吹き荒れているような本だった。
居場所が欲しい、誰かに必要とされたい、誰かの温もりが欲しい、誰かに愛されたい、誰かを愛したい。絶望の果てにまぐだら屋に行き着いた紫紋は、空腹が満たされていくかのように、人間としての真の欲求が満たされていくのを実感する。そして、満腹になったとき、大きな安心感とエネルギーをもって生まれ変わる。人との繋がりの有無が生死を分ける以上、誰かと繋がりたいという欲求は本能だ。他人と過度にリンクしている現代では、ついそのことを忘れてしまう。

そう考えると、母という存在は誰にとっても最も重要だろう。全てを受け入れ赦してくれる存在としての母。無条件で空腹を満たしてくれる母。それは生みの親でなくたって別にいいだろう。そういう存在が何人かいるならそれもいい。わたしはいつか誰かの母になれるんだろうか?あなたはどうだろう?

個人的には、太宰状態だったときに溜まった最後の膿が全部出たような気分。まさしく再生!すごいよ原田マハさん!と思ったら、大好きな宗則おじさんの妹さんだった。何たることだ、原田家にお世話になりすぎ(笑)
この本をくれた人と原田兄妹に感謝して、今年1年は爽やかに生きたいなぁ(´∀`)