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ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

必ず書ける「3つが基本」の文章術(近藤勝重、2015)

 

必ず書ける「3つが基本」の文章術 (幻冬舎新書)

Kindleをデスクに置き、コーヒーを口に含んで一息ついた。

 

この人、文章書くのがほんとに好きなんだろうな…

 

小さい頃から「書く」という行為には馴染みがあった。人にはその人に適したインプット法・アウトプット法があるというが、私にはそれが書くことなんだと思う。作文でもノートまとめでも何でも、文章を書くことが好きだ。翻訳の仕事を選んだのもそれが理由だろう。でも最近は、昔よりも書くことが難しくなった気がする。

 

この本の題名を見ると「あぁハウツー本ね」と思う。たしかにハウツー本なんだけど、読み口はほとんどエッセイだ。良い文章を書きたい人たちへのアドバイスを綴ったエッセイという印象だ。

例文を挙げてその良さを説いている部分が多いし、文章の解釈から脱線することも多々ある。ビジネス文書用にサクッとテクニックを学びたいという人には、ちょっと向いてないと思う。ブログや作文など、何かしら作品ぽいものをうまく書きたいという人にはピッタリ。

 

本書で挙げられているポイントは「何を書くか」「どう書くか」「どう構成するか」の3点。それぞれの項目の中のトピックでも、大体3つのポイントが挙げられている。著者の言うとおり、3というのはなんとなく収まりがいい。

 

「何を書くか」で最初に挙げられるのは、「体験した中で強く印象に残っていることを書く」こと。人に伝えたいと思うことを書く。当たり前じゃん、と思った瞬間、クーラーの効いた中学校の一室での時間を思い出した。

 

授業で書いた意見文を市のコンテストに出すことになり、夏休みの間、教師の指導のもと手直しをしていた。反抗期に入っていた私は、自分の経験から、その頃頻発していた少年犯罪についての意見文を書いたのだった。かなりトゲトゲした内容だったが、勢いよく書いたその作文にわたしは満足していた。でも、夏休みが終わる頃には、「親との激しい喧嘩から自我の確立を実感した私」は「親との喧嘩が増えて戸惑う私」に様変わりしていた。どこかの優等生が書きそうな、丸っこくてありふれた作文。コンテストの結果は落選だった。

 

思い返せば、あれからというもの、本当に言いたいことを書いた文章を他人に見せたことがない。というより、本当に書きたいことが何なのかさえ、他人に左右されている気さえする。ウケの良さを気にしてネタ探しをしていたから、純粋に書きたいと思えずに難しさを感じてしまっているのかもしれない。

 

この本を読むと、ウケの良いネタじゃなくても自分の満足のいく文章が書けるんだと気付く。何よりもまず「伝えたい」という盛り上がりが大事だ。

 

そっか。中学生のわたしは、自分が反抗期に入ったことに歓喜してあの作文を書いたんだったわ。