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ミニマリズムと読書ときどき映画と音楽。

ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

GRIT やり抜く力(Angela Duckworth, 2016)

やり抜く力

 

Kindleを静かにデスクの上に置き、右手で頬杖をついた。深く漏れる溜息。初めから終わりまで凹みっぱなしだった。

 

ここまで凹まされた本は生まれて初めて…見て見ぬふりをしてきた事実を、これでもかー!!このやろー!!とゴリゴリに突き付けられてしまった。

 

何かをやり抜いたこと、これまでの人生で一度もないなぁ

 

何でもそこそこのレベルまでいくと「やーめた」と放り出し、別の興味に移ってはまた放り出す。器用貧乏とはよく言ったもので、全てが趣味レベルで止まっている。これは自信あります!と本気で胸を張れることは…何かあるかな…

 

最高のパフォーマンスは、無数の小さなスキルや行動を積み重ねた結果として生み出される。それは本人が意識的に習得する数々のスキルや、試行錯誤するなかで見出した方法などが、周到な訓練によって叩き込まれ、習慣となり、やがて一体化したものなのだ。

 

そう、全ての結果は習慣が生み出すんですよねぇ。

そして、習慣をつくりやり抜くには、情熱粘り強さが必要とのこと。

何を隠そう、この本を読む前に偶然にも、「わたしに足りないのは情熱なんだよね」という話を友人にしていたのです。初っ端から条件満たしてないという衝撃(笑) そして、何が何でもやり抜きたい!という気持ちがないために、少しでも失敗すると「向いてないんだわ」と言い訳しながら諦める。粘り強さのカケラもない。

 

でも、よくよく考えてみれば、失敗するまでは結構な勢いで楽しくやっているのだ。「向いてない」というのは、「失敗するのが怖いからこれ以上進みたくない」という情けなさから目を逸らすための嘘に違いないのである。アドラーが言うところの「人生の嘘」である。

 

自分のコンフォートゾーンに留まれば、失敗することも傷付くこともない。その退屈な安心感を守るために、自分の情熱に水をかけて、今以上を望んでいないふりをしてきたわけだ。その結果が、全てが中途半端の器用貧乏というわけだ。

 

今まで何度、自分の情熱を裏切ってきたんだろう。

 

塾講師をやっていた頃、生徒から学校教師の話を聞くたびに、幾度となく腹を立てた。彼らはほとんどの場合ドリームキラーだったからだ。何人もの生徒に、「奴らの言うことに振り回されるな」と言い続けた。でも、わたしの中の「教師」は、わたしの中の「純粋な子ども」の情熱を何度も捻り潰してきたのだ。

 

自分が本当に好きなことに打ち込むの。でも、好きになるだけじゃだめなのよ。愛し続けないとね。

 

これは、著者が学生に向けて話した言葉だ。

自分の中の情熱から、「これをやり抜きたいんだ」と叫んでいるその子から、目を逸らさないこと。子どもを大人の圧力から守るかのように、自分の情熱を守ること。挫けそうになった子どもを 励ますかのように、自分自身を励ますこと。

 

わたしの中の「子ども」の情熱を認めて、もう一度ちゃんと育ててあげよう。

この本に出てくる素晴らしい子どもたちのストーリーを読みながらそんなことを考えた大人は、果たして私だけだろうか?