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ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

誰にでもできる恋愛(村上龍、2000)

誰にでもできる恋愛

自分の思想に影響を与えた人はいますか?

 

思想なんていうと大袈裟かもしれないけど、物事に対する基本的なスタンスや考え方ってのは、今まで生きてきた環境やシステム、出会った映画や本なんかに大きく左右されると思う。特に、脳みそが柔らかい子どもの頃に受けた影響は大きい。

 

ちなみに私は、かなり早い段階で「威圧的なもの」に対する嫌悪感があった。それが小学5年生の時、男の体罰教師が担任になり、友達が暴力を受けるのを見たり、自分が叩かれたり、怒鳴られたり凄まれたり、半ば軍隊じみた行動を強いられてから、嫌悪の対象は「権力を振りかざす全てのもの」に拡大された。6年生に上がるときに彼は他校に転任させられたけど、1年間毎日感じていた抑圧と恐怖と憎悪は、11歳の子どもに十分な影響を与えた。

 

戦争や虐待はこの世で最も悍ましいものだし、暴力や暴言、罵声で人を従わせようとしたり優越感を味わおうとする類の人間は消えればいいと思っている。もちろんそういう人たちの言うことには、たとえ正しかったとして聞く耳をもてない。自然と耳が閉じてしまう。それが良いとか悪いとかは別にして、これが今まで生きてきて形成された私のスタンスの一部である。

 

村上龍は、既存の権力やシステムに対して疑問をもつことは悪いことではないと、勇気を与えてくれた人だ。

 

中学2年頃から反抗期が始まり、親や教師をはじめ、学校マスコミ政治まで、もはや大人が作り出すあらゆるものに嫌悪感を抱くようになってしまった。

それでも大人全員を憎むなんてことにならずに済んだのは、兄の本棚に並べられていた村上龍の本のおかげだと思う。「あぁ、こういうふうに考えている大人もいるんだ」と安堵したのを覚えている。威圧的な大人は常に感情的だけど、村上龍の著作は常にクールで安心できた。

 

と、こんな感じで、多感な時期に触れたものに関する話は長くなりますよね〜笑

 

この本は、実家にある兄の本棚を見ていたら目に付いた。高校生のときに読んだ記憶があるけど、そのときはそんなにピンと来なかったんだろうなぁ。

「自立していない人は恋愛をできない」という話から始まり、当時の日本の経済状態やら停滞感やらの話につながる。自立というのは経済的自立だけじゃなくて、既存のシステムに依存しているだけの人間はこれから生きていけないですよ、という意味。

 

もう17年も前の本なのに、まるで現代の話をしているみたい。日本は止まっているのかもしれないけど、自分は前に進まないと、ですね。