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ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

イノセント・デイズ(早見和真、2017)

イノセント・デイズ(新潮文庫)

被告人席の田中幸乃に死刑が宣告された。元恋人の井上敬介に執拗なストーカー行為を行った挙句、彼の家に放火し、彼の妻と2人の幼子を殺害したという。否認することも控訴することもなく刑を受け入れた彼女は、いかにして死刑囚になったのか―

 

落胆するような安堵するような、何とも言えない感覚のラストだった。

 

物語は、田中幸乃の人生に関わった人々の視点から、彼女の人生の流れに沿って進んでいく。

彼女の人生の全てが描写されているわけではないけど、どういう道を辿って死刑囚に成り果てたのかは、十分に理解できる。

 

(※以下、ネタバレにつながる話をします※)

 

人生の責任が誰にあるかと言えば、間違いなく自分にある。

人生を制御する力のない子ども時代に起きた出来事、そしてそれから受ける影響や傷まで、その子のせいにするのはたしかに酷だ。それでも、大人になったのなら、幸せになりたいのなら、自分で乗り越えるしかない。

 

なんていう言葉は、強者のものだよなー。正しくはあるけど、誰もがそこまで強くなれるわけじゃない。

幸せになりたいという想いを何度も挫かれてしまったら、全てを放棄してしまってもおかしくないと思う。「絶望」は「死に至る病」であることを、幸乃は痛々しいくらいに体現していた。

 

彼女は幼い頃に受けた心の傷を埋めるために、人を求め過ぎてしまった。求めるが故に拒めず、「誰かを思いどおりにしたい」という人の欲求を受け入れ増幅させてしまう。そして、共依存状態が解けるたびに、彼女の傷は広く深くなってしまう。

 

彼女の傷を広げてしまった人たちもまた、弱者であったと思う。幸乃を傷つけたり救えなかったりした自分を直視したくないが為に、早く刑が執行されてほしいと願うくらいだから。

一緒にいたときは純粋に幸乃を求めていて、彼らなりにきちんと幸乃を大事にしていたわけだけど…人を求めるってどういうことなんだろう、完全に自分本位にならずに人と関わるって無理だよなぁ…と、やるせない気持ちになった。

 

現実の世界にも、自分を必要としてくれる人のために自分の人生を犠牲にしている人はたくさんいる。「誰かに必要とされたい」と渇望しながら、今日も自分を差し出してしまう。

 

幸乃はどうしたら幸せになれたんだろう…と、しばらく考え込んでしまう物語だった。