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ミニマリスト見習いのアラサー女。最小化計画の進捗と、本・音楽・映画の感想

どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?(中島義道、2008)

どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫)

こんにちは、お元気ですか?

今回は、わたしの好きな哲学者の本を紹介します!

 

中島義道さんはどういう人かというと、半隠遁してる人。って、よくわからないか(笑)

自分の時間を自分のために使うために、他人との関わりを最小限に抑えて「人生を半分おりた」らしい。親の法事にも出ないくらい、笑っちゃうほど徹底してる人です。

わたしの中では、ホリエモンに似てる部分があるんだよねぇ。自分と他人の区別がハッキリしていて、その区別も徹底してる。中島さんは他人を気にしすぎ、というか人間について深く考えるのがライフワークになっているから(まさしく哲学者)、ホリエモンとはだいぶ雰囲気が違うんだけどね。

 

中島さんの本も、ホリエモンの本と同じように、モヤモヤをスッキリさせる効果があると思う。

最近、他人の領域にズカズカ土足で入り込んでくるイヤ〜な人間とやり合ってウンザリしてたから、中島さんの本を読むことにしたんだよね。Kindleストアで探してたら、「どうせ死んでしまうのに…」って究極の問いが出てきて、単純に興味がわいたんでポチってみました。

 

 題名は重たいけど、内容はそうでもない。エッセイでは笑っちゃう部分もあるし、中島さんのお家があるウィーンの描写を想像すると、綺麗な所に住んでるんだなぁとうらやましくなる。そういうのに混ざって、死、というより生と死についての哲学的な話がある。

 

中島さんは、「論理的に考えれば、死んでは(自殺しては)いけない理由は何もない」と言っている。そのうえで、自殺してはいけない理由をこう述べている。

 

多くの自殺者は、本当は死にたくなかったのです。だからこそ、残された者はその気持ちを汲み取ってやれなかった自分を激しく責めるのです。だから、こういう形の自殺は、思考を停止し、みずからを徹底的に騙し、残された者を不当に苦しめるゆえに「悪」なのです。

 

「本当は死にたくなかった」というのは、当たり前のようで見落としてたなぁ…。だったら死んじゃダメだ、周りの人を悲しませるんだし。これはかなり的を射た言葉じゃないかと思う。

 

考えてみれば、すべての生物は必ず生まれたら死ぬんだけど、自ら死のうとするのは人間だけ。ということは、「死にたい」は人間に備わった、発達した感情や思考に端を発しているってことだよね。つまり、感情の問題でしかない。(注:病気の苦痛から解放されるための自死などは対象にしてません。)

 

さまざまな意味で人生に行き詰まった人は 、自分の感受性と信念とが満たされる場が与えられれば (獲得できれば ) 、さしあたり死ななくても済むのではないか ?多くの人は 、煎じ詰めると 、そういう場がないと悟ったから 、そういう場を求めることをあきらめたから 、死にたいのではないか ?そう思います 。

 

だとしたら、「死」なんていう必ず訪れる現象に身を委ねるより、人間にしかできない方法で抗ったらいい。中島さんみたいに、人生を降りてみたっていいんだよなぁ。

 

てな感じで、中島さんがなかなか陰気で笑えて面白い本なうえに、実践哲学書としても面白いので、オススメです!